当院における乳がん診療について
聖ヶ丘病院は平成15年から一貫してがんの診断、治療を行って参りました。母体が東京大学医科学研究所附属病院外科医局(以下、医科研)であったため当初は医局の先輩方を中心に臓器を問わず殆どのがんの診断、治療(手術、抗がん剤など)を行っておりました。具体的には消化器系(食道がん、胃がん、大腸がん、直腸がん、肝臓がん、膵臓がん、胆嚢がんなど)、婦人科系がん(乳がん、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん)、呼吸器系(肺がんなど)、内分泌系(甲状腺がんなど)、泌尿器系(腎臓がん、膀胱がん、尿管がん)など殆どのがんの手術、抗がん剤治療を行ってきましたが、15年ほど前より当院を受診される乳がんの患者さまが非常に増加してきたため、2014年より日本乳癌学会関連認定施設の認定を取得する事になりました。また私も日本乳癌学会認定医、マンモグラフィー読影認定医、日本がん治療認定医機構認定医の資格を修得し、現在、乳がんの診断、治療に重点を置くようになりました。学会発表や論文提出など乳がんに関する学会活動も積極的に行っており、今年の日本乳癌学会学術総会にも発表を予定しております。(2020年10月19日からweb発表)また多摩市の主催で乳がんに関する講演も行なっており、この地域での乳がんに対する啓蒙も重要であると考えています。
当院の乳がん診療のレベル向上の為に2013年より複十字病院乳腺センター長であり、医科研の先輩でもある武田泰隆先生(日本乳癌学会評議員、日本乳癌学会乳腺指導医・専門医、検診マンモグラフィー読影認定医、日本外科学会指導医・専門医、日本がん治療認定機構がん治療認定、ベストドクター選出)に当院顧問になっていただき、症例検討会を定期的に行い画像診断や治療方針などについて徹底的にカンファレンスを行っております。また難しい症例は国立がんセンター乳腺・腫瘍内科の先生にもご意見を伺い、度重なる再発症例など治療が困難な患者さまは紹介し、未承認薬による治療(最新の治療法、臨床試験への参加など)や遺伝子解析(遺伝子パネルなど)をお願いしております。
それでは現在当院で行っている乳がんの診断、治療についてお話しいたします。まず診断についてですが、当院では紹介された患者様でも、予約なく来られた新患の患者さまでも、必要な場合はその日のうちにデジタルマンモグラフィー撮影、乳腺超音波検査、エコーガイド下組織診、マンモトーム生検などを行うことができます(全ての患者さまではなく必要と判断された方です)。さらに全身CTや血液検査による腫瘍マーカーも同日に行うこともあります。
またマンモグラフィーの読影は資格を持った医師による二重読影及び撮影システムが施設基準を満たしている事が必要なため、私を含め当院の有資格者と東京大学放射線科の先生により見落としがないようしっかりとした読影を行っております。(多摩市の乳がん検診も当院で同様に行っております。)
乳がんは自分で触知できるケースが多く、心配になられる方も多いので出来る限り迅速で確実な診断を心がけております。
次に治療についてお話いたします。
乳がんの治療は外科的治療(手術)、内分泌療法(ホルモン治療)、化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療の4つがあります。さらに昨年より免疫治療(PD-L1製剤)及び遺伝子に関係する治療(リムパーザ)が保険適応となりましたが、これは再発進行乳がんに適応があり初回から使用することはまだ認められておりません。
外科治療(手術)は乳房温存術と乳房全摘術に大きく分けられます。乳房温存術となる症例では腫瘍の大きさがあまり大きくなく、乳頭から距離があることが必要となります。しかし大きな腫瘍でも術前に抗がん剤治療を行うことで温存術を選択することも可能です。抗がん剤治療が必要となるケースでは術前に行っても、術後に行っても生存率、再発率に差がないことが確認されております。ただ非浸潤性乳管がん(DCIS)では抗がん剤の適応になることがなく、乳腺に広く病変が広がっている場合が多く早期でも全摘術を選択することがあります。
またがんを摘出する事と同時も脇の下のリンパ節に転移がないかどうか確認すること(センチネルリンパ節生検)が重要です。がんから一番初めに転移するリンパ節の事をセンチネルリンパ節(見張り番リンパ節)と呼び、このリンパ節に大きな転移が無ければ、脇の下の広い範囲のリンパ節の摘出(郭清;お掃除という意味です)が不要となります。当院ではこのセンチネルリンパ節生検を転移の有無を判定する直接遺伝子増幅(OSNA:One-step Nucleic Acid Amplification)法:OSNA法という方法で行っております。これはリンパ節の転移により出現するがん関連遺伝子を検出する方法です。この方法を用いるとリンパ節全部を検査できるため、従来の迅速病理診断と比較して見落としがなく、また20分ほどで結果がでるため手術中に郭清が必要かどうか判断することができ手術時間の短縮にもなります。このOSNA法は多摩市には当院しか設備がなく、都内では国立がんセンター、がん研有明病院、聖路加国際病院など20施設ほどが利用しております。
また当院では乳房温存術の際は乳輪に沿って切開を置き傷が目立たないようにしており、がん摘出部分には残っている自分の乳腺を皮膚、筋肉より剥離受動して同時に乳房形成も行っております。従って当院の乳房温存術の傷は乳輪、及び脇の下の2−3cmほどの小切開のみであり創部がほとんど分からなくなることもあります。手術時間は約1時間で翌日には普通に両手が使え食事も歩行も可能ですので入院期間も3−7日位で退院後すぐに仕事に行くことも可能です。
また脇の下のリンパ節の郭清をした方に起きやすい術後の手のむくみ(リンパ浮腫)の予防のため、当院では国家資格であるリンパセラピストが数人常駐しており術後すぐのリハビリ、リンパ浮腫の予防の指導を患者さまに受けていただいております。またリンパ浮腫は術後かなり時間が経過してから発症することもあるため、その治療も行っております。(術後乳房再建や豊胸術などのご希望がある方は医科研の関連で東京大学附属病院形成外科、またはその関連で杏林大学附属病院形成外科へのご紹介もしております。)
次に内分泌療法(ホルモン療法)及び化学療法(抗がん剤)についてお話します。当院では再発予防のための治療(術後補助療法と言います)をご本人、ご家族さまに手術後の標本の病理検査の結果をお話しして、どのような治療が最適かご相談いたしてから治療法を決定いたします。必要に応じて摘出したがん細胞の遺伝子を検索して抗がん剤の効果を予測することも可能です。(Oncotype DXなど)
先ほどお話しした乳がんカンファレンスにて十分な検討を行い、患者さまにベストな術後または術前治療法をご提示いたしますが、最終決定はあくまでご本人の意思を尊重するため強引に治療法を押し付けることはないのでご安心ください。十分な時間をとってエビデンスに基づき説明いたします。さらに薬剤師からの使用予定薬剤の効果や副作用について説明を聞いて頂き熟慮していただいてご納得の上補助療法を決定させていただきます。
乳がんは乳腺、脇の下のリンパ節などの局所療法(手術、放射線)と同時にいかに他の臓器(肺、肝臓、骨、脳など)に再発しないようにするかの全身療法の二つが重要です。そして胃がんや大腸がんは5年間再発がなければ完治とされますが、乳がんでは10年間再発がない時に初めて完治とされます。従って患者さまと医師が長い付き合いになるので、お互いに信頼関係がないと治療は完徹できません。当院では10年間以上最後まで責任を持って診させて頂きます。
また当院で治療をされていない方でも経過観察や再発のチェックなども行っておりますのでお気軽に受診してください。
残念なことに再発されてしまったケースでも乳がん領域では新しい薬剤、治療法が次々と出ていますので諦めずに御相談ください。現在多摩市では遺伝子パネルの実施がまだ行われていないため必要な方は(乳がん以外でも)国立がんセンターやがん研有明病院、東京大学、慶応大などゲノム先進医療機関に迅速にご紹介して適切な治療法を検討いたします。現在日本はがん治療分野で世界でもトップクラスですが、やはり日本での最先端医療は東京都心の研究所を併設した大規模がん拠点病院で行われております。多摩市から都心まで僅か1時間なのでこの恩恵を享受しない手はありません。
もちろん辛い治療はもう嫌だと言う方もおられると思いますが、当院では緩和治療(痛みや辛さを取り除く治療)も行っておりますのでそういう選択肢もあります。また、あまり副作用の無い治療を続けながら痛みも取るということも可能ですし、一切の治療はせずに痛みやだるさなど苦痛を取り除き有意義な時間を過ごしたいという方はホスピスという選択肢もあります。
様々な治療の選択肢があり、決して最後まで患者さまを見放さないということが当院の開院以来のモットーですのでどうぞご安心ください。
今後乳がんは増加傾向であり現在でも女性10人に1人が乳がんになると言われています。乳がんは生存率が非常に高く、治りやすいがんと言われています。実際stage1という早期の乳がんの5年生存率は当院では100%です。
早期に発見できれば必ず治るがんであるため、気になることがあれば恐れずに受診してください。また自治体の検診もぜひご活用ください。ただし検診でのマンモグラフィーだけでは発見困難な乳がんも多いので超音波検査も併せて受けて頂く事をお勧めいたします。
乳腺に関する事はどんな事でも当院の乳腺外科で診療いたしますので是非御相談ください。